1. TOP
  2. プロフィール

プロフィール

初めまして。

思い通りに生きるしなやかな心をつくるプログラム

「ハッピーマインドアカデミー」学園長菊地若奈です。

私自身、思い通りに生きられない、辛い時期を乗り越えた経験があります。

そのときに身につけた、しなやかなマインドを創るメソッドをプログラム立ててリリースしました。

そこまでの道のりを、自己紹介として綴りましたので、少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。

 

1 プログラム作成の原点

北海道札幌市出身。

 

子どものころはひとりで北海道大学のキャンパスを散歩するのが好きでした。

目的は、農場で飼われている牛を見に行くこと。

「モ~~~」と言いながら、ゆっくりのんびり草を食む牛たちにシンパシーを感じていました。

本来の私の性格は、ぼーっとしているのんびり屋です。

 

でも牛のように生きることはできず

妹と弟の面倒をよく見る、しっかり者のお姉ちゃんになりました。

このようなタイプにありがちな、頑張り屋さん。

その原動力は

「お父さん!お母さん!!妹や弟ばかりでなく、もっと私のことを見て!!」という気持ちです。

褒めて欲しかったんですね、認めて欲しかったんですね。

 

家の中では父が絶対的権力者でした。

父の機嫌が良いときは家族みんなが仲良くて心穏やかなのですが、悪いとピリピリと緊張しました。

父の機嫌が悪いと、母も機嫌が悪くなり、それがとても悲しかったのを覚えています。

今思うと、父は会社を経営していましたので、本当に大変だったのだと思います。

父は私にとって心から尊敬する存在であり、恐ろしい存在でもありました。

 

 

そんな私がこのプログラムを作ることになった原点は

まるでポンコツ列車のように、ガタゴトと不器用に駆け抜けたサラリーマン時代にあります。

その姿は、言うなれば「緊張感が痛々しい頑張り屋さん」でした。

当時の私はストレス抱えまくって、心も体もガチガチでした。

 

新卒で入社した会社は、業界屈指の売り上げの卸売商社でした。

そして、私の配属先は、なんと営業。

子どもの頃から人見知りで、人付き合いが苦手だった私。

そんな私が営業をやることになったのですから、笑っちゃうほどストレスが溜まる、溜まる…

貯金よりも高速で溜まってしまいました(笑)

 

20代から30代前半にかけて、ビジネスパーソンとしても女性としても輝く時代を、ストレス満載で駆け抜けました。

28歳でうつ病による休職も経験しました。

当時はまだ、うつ病は今のように広く知られておらず、会社や周囲の対応も不慣れだったし、自分自身も受け入れることが出来ず、人生が終わってしまったかのように感じていました。

 

そんなに辛いサラリーマン時代でしたが、周囲からの有難い助けを借りながら、約15年間続けました。

 

 

営業という仕事は、人の心理が大きく成果を左右します。

人とうまく付き合う事が苦手だった私は悩みました。

 

なぜいつも私は、周りに苦手な人を作ってしまうのか?

人付き合いが上手な人と私は、何が違うのか?

私は性格が悪いのか?それなら性格を良くするにはどうしたらいいのか?

なぜ人から嫌われる事がこんなに怖いのか?

 

その心のメカニズムを知りたくてたまりませんでした。

取引先や社内で折衝する時の、相手の心の動きに強い興味を抱きました。

 

2 ついに心と身体の限界を迎えた

 

また、辛さを抱える一方で、サラリーマンを辞められない、執着する自分がいました。

「認めて欲しい」、その欲求が枯渇していた私は、無意識的に営業職によって満たしていたのだと、今は分かります。

営業という仕事は、数字によって結果をはっきりと表すことができます。

また、卸売商社という業種柄、営業は会社の舵取りという立場です。

商談で成約したら数字という形で正当に評価され、その納品のために社内の各部署を動かすことができる。

私にとってはそれが、自分の存在価値を感じられる格好のシステムになっていたのです。

だからこそ結果が伴わないと苦しくて、そのために自分も他人も傷つけるという危険と常に隣り合わせでした。

 

29歳で結婚、30歳、33歳と2度、出産育児休暇と復職をしました。

結婚したら退社する、いわゆる寿退社が慣例となっていた当時の職場では異例でした。

男性社員から「だから女はダメなんだ」と言われるのが嫌で、必死で仕事を頑張りました。

 

ですから、いかに効率的に家事や育児をこなしながら、仕事で最高のパフォーマンスを発揮して日常を充実させるかが、もっぱらの課題でした。

当時は脳科学が一般に広まり、注目を集めた頃でした。

 

 

妻、母、会社員という3つの役割を、周りを幸せにしながら自分も輝くにはどうしたら良いのか?

なぜ調子が良い時と悪い時があるのか?

なぜ意志はだけでは決意したことが継続できないのか?

大変ながらも、当時の働き方は脳科学的な視点から研究&実践する絶好の環境でした。

自分をいわば実験台にして、研究しました。

 

そんな感じで何とかサラリーマンとして踏ん張って仕事をしていた私ですが

心と体は過度のストレスにより、悲鳴をあげていました。

体力は弱り、予防接種を受けても毎年必ずインフルエンザに罹患し、肩こり腰痛、頭痛は慢性化。

不眠、過眠、胃潰瘍など体調不良を抱えていました。

感情はいつも不安定で、コントロールすることができなくなっていました。

 

そして35歳の時、限界を迎えました。

 

それが私にとって人生の転換期となりました。

 

3 大きな転換期

 

限界とはある意味素晴らしいもので、執着していたものを手放さざるをえないという良い面があります。

つまり、執着していたものとは「人から認められないと自分は価値がない」という思い込みです。

「もうダメだ」

「どうにでもなれ」と執着を手放すと同時に開き直り、鮮明に聞こえてきたのが

「私、今死んだら後悔する」

という心の奥にある声でした。

その声を聞くことができた私は、15年間のサラリーマン生活にピリオドを打つことができました。

 

そこから私の人生大転換が始まりました。

 

「私は誰?」

「何のために生まれてきたの?」

 

その問いを胸に、猛烈に答えを求めて行動しました。

 

臨床心理士のカウンセリングを2年に渡って受け

放送大学で興味のあることを手当たり次第学びました。

その範囲は農業、経済などさまざまな分野に渡り、特にもともと強い興味があった心理学には没頭しました。

そして友人の紹介で、ストレスをコントロールするプログラムに出会いました。

ストレスは心と体の司令塔である「脳」に、コントロール法の鍵があると知った時は「これだ!」と希望で胸がいっぱいになり、即受講を申し込みました。

 

それからストレスケア カウンセラーの資格を取得し、起業しました。

5年間でのべ3000人以上の方と向き合いました。

さらに、ストレスコントロール理論の講師となって、教室を開設し受講生に教えてきました。

 

教室に学びに来る受講生の中で、そこから大きく人生を変えていく人と、数年後には元に戻る人に分かれて行くことに悩みました。

その原因を研究し、ストレスコントロールを生活の中で実践し習慣化するプログラムの必要性を痛感し、開発に着手しました。

 

プログラムを開発する際に工夫したのは、

忙しい日常の中でも、たとえ心が凹んでいる時でも(そんな時にこそ)淡々と行えるメソッドにすることです。

頑張り屋さんは、心で頑張り続けて、心が疲れてしまいます。

心で頑張らなくても癒される方法が必要だと思い、体からアプローチして心を癒すメソッドを徹底的に習得してもらうように組み立てました。

 

また、妻・母・ビジネスパーソンとして様々な役割を果たす女性に知ってほしい心と体のメカニズムを知り

脳が活性化し、自分らしさを発揮して思い通りに生きるためのルートが自然と構築できるように組み立てました。

変わりたい、と思うことは今の自分を否定することになり、無意識のうちに自分を傷つけることになります。

そうではなく、自分の持っている性質や性格を生かすことが自己実現につながります。

そのために大切なのが「自己肯定感」です。

今の自分で大丈夫、という感覚です。

自分の人生の操縦席に座るためにとても大切な、このキーワードに注目し研究しました。

プログラムを受けると自然と自己肯定感が高まるように工夫しました。

 

4 ひとりでも多くの頑張る女性に伝えたい

 

そして出来上がったのがこのプログラムです。

 

SNSの発達、政治・経済の混迷、AIの進化など、私たちを取り巻く世界は急速に変化しています。

その中で必死に頑張っているのに生きにくさを感じる女性たち。

自分に優しくできない、大切な人に優しくできない。

ストレスによって心と体が常に限界と隣り合わせだった当時の私と似たような状態の方と多く出会います。

 

当時の私の心の中は、自己否定の嵐でした。

 

「自分は誰からも必要とされていない」

「本当の自分を見せたら、嫌われる」

「自分は価値がない」

 

そんな自己肯定感の低さを自覚するのが怖くて、

傷つかないように自分を守ることで精一杯になっていました。

 

自己否定で傷ついた心が、これ以上人から否定されるのが怖くて

否定される前に攻撃しようとしていました。

 

相手を信じてはいけない

自分さえ良ければそれでいい

自分の縄張りさえ良ければそれでいい

周りはみんな敵

損をしたくない

相手もそう思って自分に近づいている

 

相手に心を許すことができず、頑なになり、人と信頼関係を築くことが難しくなっていました。

 

さらに、そんな本当の自分を隠す自分を心の中で嫌悪し

目の前の人を感じる感性を失い

自分の心の声を聞く感性も失い

負のループに陥っていました。

 

その結果、自分だけでなく大切な人までも傷つけて、毎日が暗黒の生活になっていました。

とても辛い日々でした。

 

 

でも今となってはその辛い経験は、豊かな心で自分にも周りにも優しい人になるために、大切な経験となっていることが分かります。

辛い経験が、今となっては自分を愛し、大切な人たちを愛する心を育てる土壌になっています。

 

だから、当時の苦しみもがいた私が、喉から手が出るほど欲しかった「思い通りに生きるしなやかな心を作るプログラム」を作りました。

これを知っていたら、母として妻としてビジネスパーソンとして、心が自由に生きられる。

そんなプログラムです。

 

5 そして、優しさが溢れる世界の実現のために

 

今の社会は、多くの人がストレスに悩んでいます。

ストレスは悪いものではなく、上手く付き合うことができれば、人生をより味わい深く豊かなものにしてくれるものです。

「ストレスは無いに越したことがないもの」「目に見えなくて扱いにくいもの」と、なんとなく敬遠するのではなく、正しく知ってコントロールすることを身につけることが大切です。

 

なぜならストレス反応が私たちの思考に大きな影響を及ぼしているからです。

 

つまり、ストレス反応とは、敵と戦うか、逃げるかの動物的な反応なので、異質なものを「受け入れる」とは反対の状態になります。

 

すると、反対の意見を受け入れるということが難しくなります。

その結果、閉鎖的で攻撃的な心になってしまいます。

 

でも、社会で皆が幸せに共存していくには、さまざまな意見を自由に述べ合い、お互いに相手の立場を思いやりながら、話し合っていく過程がとても大切です。

いわゆる民主主義っていうやつですね。

それって、とってもややこしいし手間がかかるし、めんどくさいことです。

だけど、そこで培われる人と人との関わり合いの中にこそ、私たちが求める幸せがあるのではないかと思うのです。

 

ストレス社会である今の社会は、民主主義のような、めんどくさい話し合いよりも、力でねじ伏せるという風潮が強くなっていると感じます。

権力や暴力、お金がある人はお金の力で、自分とは違う意見をねじ伏せ、都合の悪いことは無かったことにするような手段を取る人が台頭し始めています。

 

そして、力のない一般の人々は自分の身を守ることだけで精一杯になり、人への思いやりの心をもつ余裕を奪われます。

 

自分の住む社会が、どういう方向に向かっているのかすら考える余裕もなく、ただただ毎日を「こなす」だけ。

子どもが生きる未来を、どんな未来にするのか、そんな大切なことを考える余裕もなく、目の前の生活をどうするかで精一杯になっている人が多いのではないでしょうか。

 

 

 

社会の平和は、ひとりひとりの心の平和が作る。

そのひとりひとりの心の平和が脅かされている。

自由に幸せを追求して良いはずなのに、それができず、怒りを溜めてしまう。

そんな風潮を感じざるをえません。

 

 

自分が自分であって大丈夫、

他の誰かと比較して満足する「とてもよい」で自分にOKを出すために頑張ってきたあなたが

自分の存在自体をよろこび、感謝する「これでよい」へとチェンジする

このプログラムを一人でも多くの女性へ届け、これから先の世界が

自分と周りを大切にする優しい心で溢れた世界になるように

心を込めて活動していきたいと思います。